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 2012年3月4日は、日帰りでジェラシュ遺跡 (Jerash) を訪問してきました。ジェラシュに到着したときには、かなりの雨が降っていたのですが、途中で雨はやみました。これで、今回の旅行は最後の訪問となります。

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ジェラシュ遺跡 (Jerash) とは?

 アンマンの北約50km、バスで45分ほどのところに位置しているジェラシュ (Jerash)  は、近年の発掘調査では、青銅器時代 (紀元前3200年から紀元前1200年) には集落があったことがわかっています。

 その後、紀元前63年頃、ジェラシュ (Jerash) は、古代ローマ帝国によって征服され、その後はシリア属州の一部となりました。

 紀元50年から60年頃から、ジェラシュ (Jerash)  は、ローマ帝国の繁栄に伴って、その支配の下で交易で潤い、富を増やし、劇場や神殿などの建物も造られるようになりました。

 紀元106年には、皇帝トラヤヌス (Marcus Ulpius Nerva Trajanus Augustus) がヨルダン南部を征服し、ペトラがローマ帝国に併合されました。これに伴って、ジェラシュは、アカバやペトラ、そして東方の都市とも交易路が繋がるようになり、ますます繁栄しました。

 ジェラシュ (Jerash)  は、3世紀の初め頃に繁栄の絶頂期を迎えましたが、会場運送の発達やパルミラの滅亡などによって徐々に衰退していきました。

 紀元614年にササン朝ペルシャが襲来し、ジェラシュ (Jerash)  は、636年にウマイヤ朝に完全に支配されてしまいました。そして、746年、大きな地震がジェラシュとその近郊を襲い、それ以後、ジェラシュの人口は4分の1にまで減ってしまいました。

 その後、ジェラシュ (Jerash)  は、長らく歴史の表舞台から消えてしまいましたが、19世紀にドイツ人旅行者に再発見され、1925年に修復作業が始められました。

【参考文献】
 『地球の歩き方 ヨルダン 2011年〜2012年版』(ダイヤモンド・ビッグ社、2011年)

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この日の移動ルート




 ジェラシュ (Jerash) へはバスを利用しました。バスは、アンマンのムジャンマ・シャマーリー (North Bus Terminal) から頻発していて、所要時間は45分くらいです。

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入口

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凱旋門 (Hadrian's Arch)

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マリアノス教会 (Church of Marianos)

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競馬・戦車競技場 (Hippodrome)

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南門 (South Gate)

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フォルム (Forum)

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列柱通り (Colonnaded Street)

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大聖堂 (Cathedral)

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ニンファエウム (Nymphaeum)

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プロピュライア (Propylaeum)

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西浴場 (West Baths)

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北劇場 (North Theater)

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アルテミス神殿 (Temple of Artemis)

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聖テオドルス教会 (Church of St.Teodore)

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聖コスマス・ダミアヌス教会 (Church of St.Cosmos & St.Damian)

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洗礼者ヨハネ教会 (Church of St.John)

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聖ゲオルギウス教会 (Church of St.George)

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南劇場 (South Theater)

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ゼウス神殿 (Temple of Zeus)

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その他

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Best wishes to you !!


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