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アユタヤ遺跡とは?

タイの首都バンコクの北に位置するアユタヤは、14世紀半ばに開かれたアユタヤ朝の都として、400年間にわたって繁栄した都市です。ちなみに、アユタヤは「平和な都」を意味するそうです。
アユタヤを都としたアユタヤ朝は、神格化された王の絶大な権力の下、15世紀にクメール人のアンコール朝を滅ぼし、その後、スコータイ朝を併合すると、インドシナ半島の中部まで勢力を拡大しました。
アユタヤ朝は、17世紀には、ヨーロッパやアジア諸国との活発な交流を行って最盛期を迎え、この頃のアユタヤは、推定人口19万人に及ぶ国際都市となっていたそうです。
なお、外国人の居留地も設けられ、朱印船貿易の相手であった日本人の街には、1500人以上が居住していたそうです。ちなみに、日本人はアユタヤ朝のもとで傭兵として活躍した者もいて、そのうちの1人が山田長政です。
仏教を厚く信仰したアユタヤ朝の歴代の王たちは、多くの仏像やチェディ寺院を築いています。これらは黄金や宝石をふんだんに用いた豪華なものでした。
しかし、1767年に、ビルマ (ミャンマー) のコンバウン王朝による攻撃を受けて、アユタヤ王朝は滅んでしまいました。また、アユタヤ市内の建造物や石像はビルマ軍によって徹底的に破壊され、ほとんどの寺院は廃寺となり、王宮も台座を残すのみとなってしまいました。
その後、1967年に、アユタヤ遺跡の中心地域が正式にタイ芸術局により歴史公園に指定されました。その後、1991年には、アユタヤ歴史公園は、「古都アユタヤ」(Historic City of Ayutthaya) として、ユネスコの世界遺産 (文化遺産) に登録されました。
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アユタヤ遺跡へのアクセス
アユタヤはタイの首都バンコクから北へ約80kmの位置にあるということで、バンコクから日帰りで訪問することも可能なところにあります。
バンコクからは、バスでも訪問することが可能ですが、私は、鉄道を利用しました。鉄道は、クルンテープ駅から1日に35本ほど運行していて、所要時間約1時間30分ほどで移動することができます。
鉄道で移動するという場合の料金ですが、2020年2月現在、冷房付きの2等だと175バーツから345バーツ、冷房なしの3等の各駅列車だと15バーツから45バーツほどです。ちなみに、私は、バンコクからアユタヤへ移動した行きは冷房なしの各駅列車で15バーツ、アユタヤからバンコクへ戻った帰りは冷房付きの急行で245バーツでした。


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アユタヤ駅からアユタヤ市街へは「渡し船」が便利
アユタヤ駅からアユタヤ市街へは、パーサック川を渡る必要がありますが、駅を出てまっすぐ進んだところに渡し船乗り場があり、そこから渡し船に乗ることで移動することができます。ちなみに、料金は5バーツです。


アユタヤ遺跡の見どころ
アユタヤ遺跡の主な見どころは以下のところでしょうか?<アユタヤ島内>
- ワット・ラーチャブーラナ (Wat Ratchaburana)
- ワット・マハータート (Wat Mahathat)
- ワット・プラ・シー・サンペット (Wat Phra Sri Sangpet)
- ウィハーン・プラ・モンコン・ボピット (Wihan Phra Mongkhon Bophit)
- ワット・プラ・ラーム (Wat Phra Ram)
- ワット・ローカヤスター (Wat Lokaya Suttha)
<アユタヤ島の南西側>
- ワット・チャイワッタナーラーム (Wat Chaiwatthanaram)
<アユタヤ島の南東側>
- ワット・ヤイ・チャイ・モンコン (Wat Yai Chai Mongkhon)
- ワット・パナン・チューン (Wat Phanan Choeng)
- 日本人町跡 (Japanese Settlement)
私も、以上の順番で遺跡を巡ってきました。ただし、私は、アユタヤに移動した初日 (2020年2月19日) にアユタヤ島の南東側を、翌日 (2020年2月20日) にアユタヤ島内とアユタヤ島の南西側を訪問してきました。
<2020年2月19日の移動ルート>
地図では、徒歩で移動したようになっていますが、実際には、自転車で移動しました。
<2020年2月20日の移動ルート>
地図では、徒歩で移動したようになっていますが、実際には、自転車で移動しました。
以下は、私が訪問した遺跡です。
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6カ所のアユタヤ遺跡を巡ることができる共通チケット
ところで、アユタヤ遺跡を訪問するにあたって、以下の6カ所のアユタヤ遺跡を訪問したいという場合に220バーツの共通チケットを販売していました。遺跡を訪問すると、チケットの裏面に訪問した遺跡のスタンプが押されます (2枚目の写真)。

- ワット・ラーチャブーラナ (Wat Ratchaburana)
- ワット・マハータート (Wat Mahathat)
- ワット・プラ・シー・サンペット (Wat Phra Sri Sangpet)
- ワット・プラ・ラーム (Wat Phra Ram)
- ワット・チャイワッタナーラーム (Wat Chaiwatthanaram)
- ワット マヘーヨン (Wat Maheyong)


私は、最初に訪問したワット・ラーチャブーラナのチケット売り場の方に強くオススメされたため、思わずこの共通チケットを購入してしまいましたが、上記の1.から4.の遺跡だけ訪問しようと考えている方であれば、無理して購入する必要はないと思います。というよりも、1.から4.までの遺跡だけを訪問するのであれば、共通チケットを購入しない方がお得です (1カ所につき50バーツかかるため)。
実際、私は、当初訪問する予定ではなかったワット・チャイワッタナーラームを訪問したわけですが、これは、共通チケットを購入した後で計算したところ、5カ所は訪問しないと元を取れないということで、ちょっと無理矢理に訪問したところで、移動した時間と労力を考えると、無理して訪問することもなかったかなぁと感じているところです。ご参考までに。
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象に乗って遺跡巡りもできます!!




- ワット・プラ・ラーム (Wat Phra Ram) の近くにエレファント・キャンプがあり、そこでは象に乗ることもできます。
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アユタヤ島内の遺跡
2020年2月20日は、アユタヤ島内にある以下の遺跡を訪問してきました。
ワット・ラーチャブーラナ (Wat Ratchaburana)










- 1424年に、8代王ボロムラーチャー2世が、王位継承争いで倒れた2人の兄を火葬した場所に建てたものです。
- 1958年の修復の際には、地下から見事な宝物が発見されたそうです。
ワット・マハータート (Wat Mahathat)






- 2代王ラームスワンが建立したという説と、3代王ボロムラーチャー1世が建立したという説の対立があるそうです。
- また、高さ44mの仏塔があったようですが、ビルマ軍によって破壊されてしまったそうです。
- この遺跡で有名なのは、ビルマ軍の破壊によって、木の根に取り込まれてしまった仏像の頭部です (2枚目の写真)。
ワット・プラ・シー・サンペット (Wat Phra Sri Sangpet)




- 3人の王が眠る王室の守護寺院です。
- 1491年に建立され、1500年には高さ16m、総重量171 kgの黄金に覆われた仏像が建造されたと伝えられていますが、ビルマによって侵略された際に跡形もなく破壊されてしまったそうです。
- 現在残されているのは、15世紀にセイロン様式で建てられた3基のチェーディー (仏塔) だけです。
ワット・プラ・シー・サンペットの北側には「アユタヤ王宮跡」があるのですが、ビルマによって侵攻された際に徹底的に破壊されたということで、現在では、ほとんど面影すらありません。



ウィハーン・プラ・モンコン・ボピット (Wihan Phra Mongkhon Bophit)


- 高さ17mのプラ・モンコン・ボピット仏を本尊とする寺院です。
ワット・プラ・ラーム (Wat Phra Ram)


- 1369年、2代王ラームスワンによって建てられたクメール様式の寺院です。
ワット・ローカヤスター (Wat Lokaya Suttha)


- 全長28mの寝仏です。
- 中期アユタヤ様式とされますが、現在あるのは、1956年に復元されたものです。
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アユタヤ島の南西側にある遺跡
2020年2月20日は、アユタヤ島内の遺跡を訪問した後、アユタヤ島の南西部側にある遺跡も訪問してきました。もっとも、前述のように、私は、当初、ワット・チャイワッタナーラームを訪問する予定ではなかったわけですが、共通チケットを購入した後で計算したところ、5カ所は訪問しないと元を取れないということで、ちょっと無理矢理に訪問したところです。しかし、移動した時間と労力を考えると、無理してワット・チャイワッタナーラームを訪問することもなかったかなぁと感じているところです。
ワット・チャイワッタナーラーム (Wat Chaiwatthanaram)



- 1630年に、プラサート・トーン王が、母親のために建てた寺院跡です。
- 1767年に侵攻してきたビルマ軍によって破壊されたものの、現在はかなり修復されたそうです。
- なお、中心地からはちょっと離れているため、自転車で行くにもちょっと疲れます。
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アユタヤ島の南東側にある遺跡
時系列としては逆になっていますが、2020年2月19日は、アユタヤ島の南東側にある遺跡を訪問してきました。自転車で訪問したのですが、ちょっと疲れました。
ワット・ヤイ・チャイ・モンコン (Wat Yai Chai Mongkhon)

以下は、仏塔の中の様子です。


仏塔から境内を眺めた様子です。




- セイロン (現スリランカ) に留学・帰国した僧侶たちの為に、初代王ウー・トーンが1357年に建てたとされる寺院です。
- 境内中央の仏塔は、1592年に20代王ナレースワンが建てたもので、高さが62mあります。
ワット・パナン・チューン (Wat Phanan Choeng)



- 本尊は、1325年に造られたとされる高さ19mの黄金の坐仏像プラ・チャオ・パナン・チューン (Phra Chao Phanan Choeng) です (2枚目と3枚目の写真)。
日本人町跡 (Japanese Settlement)






以下、朱印船貿易の時の貴重な資料を見ることもできます。






- 16世紀から17世紀にかけて、アユタヤには中国や近隣アジアのほか、ヨーロッパ諸国から商人が集まったが、アユタヤ王はこれら外国人に居住を与えて、町を造成することを許可しました。
- こうしてできた町の1つが日本人町です。
- 徳川家康時代から朱印船貿易で栄え、1610年から1630年の最盛期には、1500人程度の日本人が住んでいたとされています。
- アユタヤに住んでいた日本人の中でもっとも有名な日本人が、山田長政です。
- 個人的には、この日 (2020年2月20日) もっとも楽しむことができた場所ですが、自転車で移動するにはちょっと遠かったです。
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まさに「栄枯盛衰」を感じることができるアユタヤ遺跡

なお、私は、カンボジアのアンコール・ワットを訪問したことがあるのですが、そのアンコール朝も、アユタヤ朝によって滅ぼされています。
アンコール朝やスコータイ朝はアユタヤ朝によって滅ぼされたわけですが、そのアユタヤ朝もビルマによって滅亡しているということで、まさに「栄枯盛衰」を感じた次第です。とりわけ、ワット・マハータートの木の根に取り込まれてしまった仏像の頭部は、かなり切なさを感じます。
私は、アンコール遺跡、スコータイ遺跡、アユタヤ遺跡の順に訪問したわけですが、このように時系列に古い順に遺跡を訪問したということで、なおさら感慨深く感じることができたように思います。
なお、アユタヤへはバンコクから日帰りで訪問することも可能ですが、じっくりと遺跡を味わうためにも、できましたら、アユタヤで1泊する方がいいのではないかと思います。
【参考文献】
世界遺産検定事務局『すべてがわかる世界遺産大事典<上>』(世界遺産アカデミー、2012年)
地球の歩き方編集室『地球の歩き方 タイ 2019〜20』(ダイヤモンド社、2019年)
Best wishes to you !!
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