
比叡山延暦寺 (Hieizan (Mt.Hiei) Enryakuji Temple) とは?
比叡山延暦寺 (Hieizan (Mt.Hiei) Enryakuji Temple) は、滋賀県大津市坂本本町にある標高848mの比叡山全域を境内とする天台宗の総本山の寺院です。比叡山延暦寺は、比叡山の山内にある1700ヘクタールの境内地に点在する約100ほどの堂宇の総称で、延暦寺という一棟の建造物があるわけではありません。なお、天台宗は、平安時代初期の僧である最澄によって開かれました。
以来、比叡山は、浄土宗を開いた法然、浄土真宗の親鸞、日蓮宗の日蓮ら、鎌倉仏教の宗祖、名僧が多く学び、「仏教の総合大学」「日本仏教の母山」として発展していきました。
山内を地域別に、東を「東塔 (とうどう)」、西を「西塔 (さいとう)」、北を「横川 (よかわ)」の3つに区分しています。これらを「三塔」と言い、それぞれに本堂 (根本中堂、釈迦堂、横川中堂) があります。
以来、比叡山は、浄土宗を開いた法然、浄土真宗の親鸞、日蓮宗の日蓮ら、鎌倉仏教の宗祖、名僧が多く学び、「仏教の総合大学」「日本仏教の母山」として発展していきました。
山内を地域別に、東を「東塔 (とうどう)」、西を「西塔 (さいとう)」、北を「横川 (よかわ)」の3つに区分しています。これらを「三塔」と言い、それぞれに本堂 (根本中堂、釈迦堂、横川中堂) があります。
比叡山延暦寺は、1,200年の歴史と伝統が世界に高い評価を受け、1994年 (平成6年) に「古都京都の文化財 (京都市、宇治市、大津市)」(Historic Monuments of Ancient Kyoto (Kyoto, Uji and Otsu Cities)) の構成資産の1つとして、ユネスコの世界文化遺産に登録されました。
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比叡山延暦寺 (Hieizan (Mt.Hiei) Enryakuji Temple) の場所
以上の地図からもおわかりいただけますように、比叡山延暦寺は、JR京都駅からさほど離れているわけでもありませんので、京都を訪問する機会に恵まれた際には、比叡山延暦寺にも足を伸ばしていただければと思います。
比叡山延暦寺 (Hieizan (Mt.Hiei) Enryakuji Temple) の案内地図
以下の地図は、比叡山延暦寺の全体地図及び案内地図です。
<比叡山延暦寺の全体地図>
<比叡山延暦寺の案内地図>
<比叡山延暦寺の全体地図>
(出典)比叡山延暦寺の公式サイト内「境内案内」(https://www.hieizan.or.jp/keidai)
<比叡山延暦寺の案内地図>
(出典)比叡山延暦寺の公式サイト内「境内案内」(https://www.hieizan.or.jp/keidai)
ちなみに、私は、JR湖西線の比叡山坂本駅からバスで坂本ケーブル乗り場まで移動し、坂本ケーブルを利用して比叡山延暦寺まで移動しました。
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坂本ケーブル
以下は、私が利用しました坂本ケーブルの出発点となる坂本駅です。

以下は、実際に乗車したケーブルです。
以下は、ケーブルの中から撮影した風景です。
最後に、坂本ケーブルの最終到着地点であるケーブル延暦寺の展望台から撮影した写真です。
坂本ケーブルのケーブル延暦寺からは、琵琶湖を眺めることができます。
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比叡山延暦寺 (Hieizan (Mt.Hiei) Enryakuji Temple) の見どころ
(出典)比叡山延暦寺の公式サイト内「境内案内」(https://www.hieizan.or.jp/keidai)
前述のように、比叡山延暦寺 (Hieizan (Mt.Hiei) Enryakuji Temple) は、東塔・西塔・横川の3つのエリアに区分されます。
東塔、西塔、横川の各エリア間の移動につきましては、江若交通の比叡山シャトルバス (1,000円で1日乗り放題) を利用しました 。私は、最初にシャトルバスで横川エリアを訪問し、その後、同じくシャトルバスで西塔エリアを訪問しました。その後、西塔エリアから東塔エリアは徒歩で移動しました。
個人的な実感として、帰宅時にシャトルバスの時間を気にする必要もありませんでしたので「横川エリア ⇨ 西塔エリア ⇨ 東塔エリア」の順番で訪問したことは正解であったと思いますし、西塔エリアから東塔エリアへ移動する際に徒歩で移動したのも正解であったと思います。
東塔エリア、西塔エリア、横川エリア、それぞれのエリアの見どころは、以下の通りです。
【東塔エリア】
・根本中堂 (こんぽんちゅうどう)
・大講堂
・阿弥陀堂
・法華総持院東塔
・文殊楼 (もんじゅろう)
【西塔エリア】
・釈迦堂 (転法輪堂)
・浄土院
・常行堂・法華堂 (にない堂)
【横川エリア】
・横川中堂
・四季講堂 (元三大師堂)
・恵心堂
以下では、私が2023年11月3日に実際に訪問しました比叡山延暦寺につきまして、私が訪問した横川エリア・西塔エリア・東塔エリアの順番で、各エリアごとにオススメの見どころの場所をご紹介いたします。
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横川エリア

横川中堂
四季講堂 (元三大師堂)


元三大師堂は、春夏秋冬に経典の講義が行われていたことから「四季講堂」とも呼ばれ、元三大師信仰の中心拠点となっています。ここを住坊とした慈恵 (元三) 大師良源は山上の堂塔伽藍整備や学問興隆に努め、比叡山中興の祖と崇められているそうです。元三大師の滅後、元三大師を祀るようになったことから「元三大師堂」と称されたそうです。なお、現代行われるおみくじは、元三大師が考案したと言われており、元三大師堂は「おみくじ発祥の地」とされています (2枚目の写真)。
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恵心堂

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西塔エリア

常行堂・法華堂 (にない堂)
以下は、常行堂・法華堂 (にない堂) の写真ですが、まずは常行堂・法華堂の両方が写っている写真です。




渡り廊下で繋がった「法華堂」と「常行堂」と言う同じ形をした二堂を総称して「にない堂」と呼ばれています。正面向かって左が、四種三昧のうち常行三昧を修す阿弥陀如来を本尊とする「常行堂」、右が、法華三昧を修す普賢菩薩を本尊とする「法華堂」です。なお、延暦寺の僧であった弁慶が、両堂をつなぐ渡り廊下を天秤棒 (にない棒) に見立てて担いだと言う伝説が残っているそうです。
スポンサーリンク釈迦堂 (転法輪堂)

西塔の本堂にあたるのが、この「転法輪堂」です。一般にはご本尊の釈迦如来にちなんで「釈迦堂」の名で知られています。信長の比叡山焼き討ちの後、秀吉が円城寺の金堂を移し、手を加えたもので、比叡山山内では最も古い建築物です。
浄土院

伝教大師最澄の御廟がある浄土院は、822年6月4日、56歳で入寂された大師の遺骸を、慈覚大師が854年7月ここに移して安置した場所です。東塔地域と西塔地域の境目に位置しています。
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東塔エリア

根本中堂




延暦寺では、三塔即ち東塔・西塔・横川にそれぞれ中心となる仏堂があり、これを「中堂」と呼んでいますが、東塔エリアにある「根本中堂」はその最大の仏堂であり、延暦寺の総本堂となります。本尊は薬師如来です。
延暦寺を開いた伝教大師最澄が788年に創建した一乗止観院が元であり、その後何回も災害に遭いましたが、復興の度に規模も大きくなりました。現在の姿は徳川家光公の命で1642年に竣工したものです。ご本尊の前には、千二百年間灯り続けている「不滅の法灯」も安置されています。
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大講堂

大講堂は、学問修行の場である比叡山の特徴を表す象徴的な仏堂で、4年に1度行われる「法華大会広学竪義」をはじめ、経典の論義や法会などが行われる道場です。なお、1956年の火災で焼失したため、現在の建物は、1964年に山麓坂本の讃仏堂を移築したものです。本尊は大日如来で、その左右には比叡山で修行した各宗派の宗祖の木像が祀られています。


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阿弥陀堂


1937年の比叡山開創千百五十年を記念して建設された阿弥陀堂は、先祖を供養する滅罪回向のお堂です。本尊は丈六の阿弥陀如来です。
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法華総持院東塔

法華総持院東塔は、1980年に阿弥陀堂の横に再興されました。伝教大師最澄は日本全国に6か所の宝塔を建て、日本を護る計画をされましたが、その中心の役割をするのがこの東塔になります。
文殊楼 (もんじゅろう)



文殊楼は、延暦寺の山門にあたる建物で、知恵をつかさどる文殊菩薩が祀られており、受験合格、学問成就のご利益があると言われています。なお、文殊楼は、高い石段を隔て根本中堂の東側にあります。延暦寺の山門にあたり、徒歩で本坂を登ってくると、まずこの門を潜ることになります。慈覚大師円仁が中国五台山の文殊菩薩堂に倣って創建したものですが、1668年に焼け、その後建てられたのが現建築です。
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比叡山国宝殿

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天台宗の総本山の寺院「比叡山延暦寺」(Hieizan (Mt.Hiei) Enryakuji Temple)

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