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 2025年8月21日は、オランダの首都アムステルダム (Amsterdam) で最大の観光地である「アンネ・フランクの家」(Anne Frank Huis) を訪問してきました。

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アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis) の場所



 上記の地図からもお分かりいただけますように、アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis) は、アムステルダム中央駅 (Amsterdam Centraal) から徒歩20分くらい (約1.5km) のところにあります。ちょっと離れていますが、私も徒歩で移動しました。

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アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis) とは?

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 アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis) は、オランダの首都アムステルダムにあるアンネ・フランク (Anne Frank) の一家など8人が1942年から約2年間、ナチスの迫害から逃れるため隠れ家として住んでいた家を利用した博物館です。

 ドイツのフランクフルト・アム・マインの裕福なドイツ系ユダヤ人一家の末娘として生まれたアンネ・フランクは、ナチスによるユダヤ人迫害を恐れて、一家とともにオランダに移住しました。

 1940年、中立を宣言していたオランダにドイツ軍が侵攻して、オランダ全域を占領し、ユダヤ人に対する圧力が強まっていきました。アンネ・フランクの父オットー・フランク (Otto Heinrich Frank) などアンネ・フランクの一家など8人は、1942年7月6日、オットーの職場事務所の3階と4階を隠れ家にした潜伏生活をスタートさせました。

 しかし、1944年、この隠れ家がゲシュタポ (ナチスの秘密警察) に発見され、アンネ・フランクは、姉のマルゴット・フランク (Margot Betti Frank) とともに、ドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所へ移送されてしまいます。

 第2次世界大戦後、唯一の生存者となったオットーが戻ってきましたが、その後、アンネとマルゴットはベルゲン・ベルゼンで死亡していたことを知りました。

 1957年5月3日、アンネ・フランク財団が建物を復元することを目的に設立された。その後、1960年にかつての隠れ家を整備し「アンネ・フランクの家」として開館し、一般に公開が行われるようになりました。なお、現在は、アンネ・フランク財団が、この建物を所有・管理し、ユダヤ人だけでなく、全ての人種差別に反対する活動を行っています。

 「アンネ・フランクの家」では、アンネ・フランク一家が住んでいた裏側の建物に通じる回転式本棚や、アンネが日記を書き続けた部屋、ペーターと過ごした屋根裏部屋などが、再現ではなくそのまま保存されています。

【参考文献】
 『地球の歩き方 オランダ ベルギー ルクセンブルク』(株式会社地球の歩き方、2024年)

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アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis) の外観

 プリンセン運河通り267-273番地にある「アンネ・フランクの家」の外観です。
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 プリンセン運河通り273番地にある「アンネ・フランクの家」のところには、表札もあります。
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アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis) の博物館の入口付近

 アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis) の博物館の入口付近です。
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 なお、アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis) には時間指定で予約することができるのですが、その指定された時間にならないと中に入ることができませんでした。時間をきちんと守る日本人としてはかなり待つことになりましたが、観光客の数がとても多いので、やむなしであると思います。

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アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis) の内部入口付近

 アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis) の内部は「写真撮影禁止」であったため、内部の写真はありません。以下は、内部の入口のところに掲げられていたアンネ・フランクの写真です。写真撮影ができるのはここまででした。
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 なお、「アンネ・フランクの家」を訪問するにあたっては、オーディオガイド (日本語あり) を聞きながら館内を回ることができます。
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 「アンネ・フランクの家」の内部では、アンネ・フランク一家が住んでいた裏側の建物に通じる回転式本棚や、アンネが日記を書き続けた部屋、ペーターと過ごした屋根裏部屋などが、再現ではなくそのまま保存されています。ただし、前述のように、「アンネ・フランクの家」の内部は「写真撮影禁止」でした。しかし、その分、ぜひ目に焼き付けていただければと思います。

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【注意点】アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis) の事前予約は必須 !!

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 アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis) は本当に大人気で、事前の予約は必須であると思います。チケットは、時間指定制のオンライン予約販売のみでしたが、アンネ・フランクの家を予約するという場合、訪問予定の6週間前に、1週間分の予約をすることができるものの、実質的に3日で売り切れるという感じでした。

 私の場合、8月21日の予約をするにあたって、6週間前の日本時間で7月8日(火)の午後6時頃から、8月18日(月)から24日(日)までの予約を取ることができるようになったものの、7月10日(木)にはほぼ売り切れという状況でした。

 そのため、アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis) を訪問しようと考えているのであれば、遅くとも、2ヶ月前までにある程度の日程を考えた上で、2ヶ月くらい前からアンネ・フランクの家のホームページを見るようにして、6週間前の時には万全の体制で予約をしておくことを強くオススメしておきます。

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【事前予約必須のアムステルダムで絶対訪問すべき場所】アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis)

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 前述のように、アンネ・フランクの家 (Anne Frank Huis) は、アンネ・フランク (Anne Frank) の一家など8人が1942年から約2年間、ナチスの迫害から逃れるため隠れ家として住んでいた家を利用した博物館です。戦争の狂気を肌で感じることができる貴重な場所とともに、「平和」について考えさせられる崇高な場所であると思います。オランダの首都アムステルダムに滞在する機会に恵まれた際には、絶対に「アンネ・フランクの家」を訪問してみてください。なお、前述のように、アンネ・フランクの家は大人気ですので、事前予約は必須であると思います。

Best wishes to you !!

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