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アルク城 (Ark Citadel) の場所
以上の地図からもお分かりいただけますように、アルク城 (Ark Citadel) は、ウズベキスタンのブハラのポイ・カラーンの近くにあります。
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アルク城 (Ark Citadel) とは?

1220年、チンギス・ハン率いるモンゴル軍は中央アジアの交易都市ブハラを征服・破壊しました。カラハン朝やホラズム・シャー朝の軍隊が壊滅し、街は炎上しましたが、カラーン・ミナレットなど一部の建物は残りました。
その後、16世紀後半に、ウズベク人のシャイバーン朝がブハラを実質上の首都と定め、ブハラは再び繁栄しました。シャイバーン朝以来、アストラハン朝、マンギト朝とこの地方を支配した歴代の王朝はブハラを首都とし、これらの政権は「ブハラ・ハン国」と呼ばれています (なお、マンギト朝はハンからアミールへ君主号を変えたので、「ブハラ・アミール国」とも呼ばれます)。ブハラ・ハン国は、1920年にソ連軍に攻略されて滅亡しました。
アルク城 (Ark Citadel) は、歴代のブハラ・ハンの居城です。なお、歴代のハンは、残虐な圧政の化身で、反抗した人々を容赦なく虐殺したそうです。そのため、このアルク城は、ブハラで最も多くの流血が流れた場所でもあるそうです。
アルク城の広さは約4ヘクタールほどで、城内で1つの街が形成されていたそうです。場内には、10時のメインストリートが通っていて、ハンや家族の住居、謁見の間、モスク、造幣局、官公庁、監獄、職人の工房などがあったそうです。
【参考文献】
『地球の歩き方 中央アジア シルクロードの国々』(株式会社地球の歩き方、2024年)
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アルク城 (Ark Citadel)の外観
アルク城 (Ark Citadel) の外観です。

アルク城の入口のところから撮影したアルク城です。


アルク城の入口を入ったところ

アルク城の入口を入ったところです。この門をくぐると、ジャーミーモスクがあります。
ジャーミーモスク

アルク城の一番の見どころが、このジャーミーモスクです。




ジャーミーモスクの内部です。





謁見の間


謁見の間には、王座もあります。
アルク城から望むブハラタワー



城壁









博物館
アルク城の城内にある博物館です。

























博物館では、動物の燻製を見ることもできます。


























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【世界遺産の街ブハラNo.1の観光地】歴代ブハラ・ハンの居城「アルク城」(Ark Citadel)

前述のように、アルク城 (Ark Citadel) は、歴代のブハラ・ハンの居城です。城内には、城壁を歩くことができるほか、モスクや博物館もあり、なかなか楽しむことができると思います。ウズベキスタンのブハラで一番の観光地であるかと思いますので、ブハラを訪問する機会に恵まれた際には、ぜひアルク城を訪問してみてください。
Best wishes to you !!
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